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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)2382号 判決 1999年6月07日

原告

村尾一夫

被告

中山陽太郎

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告に対し、金四〇九万四一四一円及び内金三六九万四一四一円に対する平成八年八月九日から支払済みまで、内金四〇万円に対する平成八年一二月二二日から支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

被告らは各自、原告に対し、金一三〇七万二一五〇円及び内金一二〇七万二一五〇円について平成八年八月九日から、内金一〇〇万円について平成八年一二月二二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により、腰椎捻挫、右肩打撲の傷害を負ったとして、被告中山陽太郎(以下「被告中山」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告兵庫日産モーター株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては民法七一五条(使用者責任)に基づき、損害賠償とこれに対する本件事故発生の翌日以降(ただし、弁護士費用については被告中山に対する訴状送達の翌日以降)の遅延損害金を求める。

二  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成八年八月八日午後七時二〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市兵庫区駅前通五丁目一―二八地先市道の交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告中山は、普通乗用自動車(神戸三五と八一二五。以下「被告車両」という。)を運転し、南進走行してきて本件交差点を西方へ右折しようとして、折から婦人用自転車(以下「原告自転車」という。)に乗って、交差点西側に設けられた横断歩道付近を南から北に進行していた原告に自車前部を衝突させ、原告は転倒した。

2  責任原因

被告中山は、本件事故に際し、自車の右側タイヤが本件交差点の西北角の歩道縁石に擦れてスリップ痕をつけるほどに右側を進行し、かつ、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

また、被告中山は、本件事故当時、被告会社の従業員としてその業務に従事中であったから、被告会社は、民法七一五条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

1  過失相殺の要否及び程度

2  原告の損害額、特に素因減責について

四  争点1に関する当事者の主張

1  被告ら

原告は酒に酔って無灯火で本件交差点を、前方を十分確認せずに進行してきた過失があり、その過失は五割を下らない。

2  原告

原告自転車が無灯火であった事実は認めるが、本件事故状況では無灯火は原告の過失とはならない。本件事故当時は被告車両も無灯火であった。

原告が酒に酔っていたとの事実は否認する。

五  争点2に関する当事者の主張

1  原告

(一) 原告は、本件事故により、腰椎捻挫、右肩打撲の傷害を負った。

(二) このため、原告は次のとおり佑康病院に入通院して治療を受けた。

入院 平成八年八月九日から同年九月九日まで三二日間

通院 平成八年九月一〇日から同年一〇月二二日まで

入院 平成八年一〇月二三日から同年一一月九日まで一八日間

通院 平成八年一一月一〇日から平成九年六月四日まで

(三) 原告には以下の損害が生じた。

(1) 治療費 金二〇二万七三九二円

(2) 入院雑費 金五万〇〇〇〇円

(3) 慰謝料 金二〇〇万〇〇〇〇円

(4) 休業損害 金九五三万四七五八円

原告は、村尾組に配管工として勤務していたが、本件事故により、平成八年八月八日から平成九年六月四日までの三〇一日間、就労不可能であった。

原告の一日あたり給料は二万五三五八円である。

よって、休業により失った給料は七六三万二七五八円となる。

301×25,358=7,632,758

このほか、平成八年度下期賞与として一一〇万四〇〇〇円、平成九年度上期賞与として七九万八〇〇〇円が原告に支払われるはずであったが、これも支給されなかった。

(5) 弁護士費用 金一〇〇万〇〇〇〇円

(四) 以上の合計額一四六一万二一五〇円から、被告側からの既払額一五四万円を控除した一三〇七万二一五〇円について、被告らに対し、その支払いを求める。

2  被告ら

(一) 原告の受傷程度については争う。

(二) 原告の主張する期間の治療がすべて本件事故によるものではない。原告は治療中、一般疾病等で点滴等を受けており、本件の入・通院のすべてが本件交通事故によるものとは考えられない。

また、原告には、既往の慢性腰痛症があった。X線写真によると、腰椎には骨棘形成を含めてその著明な退行性変化がみられる。これらが基礎にあって、そのうえに事故が重複した場合、原告主張の治療期間を認めるとすれば、右原告の既往障害部分は過失相殺の法理により、少なくとも五割は被告らの責任を減殺すべきである。

さらに、相当期間の休業損害が認められるとしても、疼痛中心の症状であることからすると、受傷後二か月は全額としても、それ以降の二か月は五〇パーセント、さらにそれ以降の二か月は二五パーセント程度で打ち切るべきである。

(三) 原告の収入額及び休業期間は争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺の要否・程度)

1  前記前提となる事実のほか、甲一ないし三号証、乙九号証の1ないし8、原告及び被告中山各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の態様につき、次のとおり認めることができる。

(一) 本件交差点は、ほぼ南北に走る車道幅員約五・一メートルの道路(以下「南北道路」という。)から、ほぼ直角に西に向かって車道幅員約五・八メートルの西行き一方通行の道路(以下「西行道路」という。)が分岐しているT字形交差点である。南北道路には、本件交差点から南寄りにはその両側に、北寄りには東側にのみ歩道があり、西行道路には両側に歩道がある。本件交差点のすぐ西側には、南北に歩道を結ぶ横断歩道が存する。

西行道路北側の歩道は、車道との間に約一五センチメートルの段差があるが、右横断歩道に面する部分では、緩やかな斜面となっていて段差はなく、東端の、南北道路の路面に降りる部分も緩やかな斜面となっていて段差はなく、その間の、横断歩道の東側に残る歩道縁石だけが盛り上がっている。

本件交差点の北西の角には、南北道路の車道及び西行道路の歩道に接するような形で建物が存在するために、本件交差点の北方と西方は相互に見通しが良くない。

(二) 本件事故が発生した八月八日午後七時二〇分当時、天候は晴れていたものの日没後しばらく経っていたために、空には明るさが残るものの地上は薄暗くなり始めており、照明なしでははっきりとはものが見えない状態であった。

南北道路の東側及び西行道路の南側は市営住宅とこれに付設された集会場や公園であって、特段の照明設備はなく、交差点北西角の建物も倉庫または事務所様の建物で外部を照らす照明設備はない。

(三) 本件事故直前、原告は、原告自転車に乗って西行道路の南側歩道を西から東に走行してきて、前記横断歩道付近で左に曲がり、歩道のない南北道路の西寄りを北に進むべく、南から北に、横断歩道を右斜め向きに渡り始めた。原告自転車には照明装置がなく無灯火の状態だった。

他方、被告中山は、被告車両を運転して南進してきて本件交差点を右折しようとしたが、西行道路の南側に駐車車両があることから、右交差点を北西角に残る歩道縁石をタイヤが擦るほどの小回りで右折しようとした。前照灯は下向きに点灯していた。

被告中山は、右折を始めた直後に、自車前方約八・二メートルの右横断歩道上を原告自転車が走行してくるのに気づきブレーキをかけた。しかし、間に合わず、被告車両は約四・六メートル、原告自転車は約四・九メートル進行した後、被告車両の右前ボンネット角と原告自転車の前輪部が衝突した。被告車両は、右衝突後約一・六メートル進行して停止し、原告は自転車とともに転倒した。

被告車両の速度は、被告中山が原告自転車を発見してから停止するまでの走行距離及び被告車両の重量と原告及び原告自転車の合計重量の比から毎時約一五キロメートル程度であったと推定される。

(四) 右衝突直後、被告中山が原告に対し「すみません。大丈夫ですか。」と話しかけたところ、原告は、「ごめんごめん、大丈夫大丈夫。わしも酒を飲んどったからな。」と返事した。このとき、被告中山は、原告から酒の匂いを嗅ぎ取った。

2  右認定事実によると、被告中山は、右折するに際し自車の前方の安全を十分に確認することなく、交差点を小回り右折したものであって、交差点右折時の安全確認義務違反の過失があることは明らかである。

他方、原告にも、酒気を帯びた状態で、周囲が薄暗い状況にも関わらず前照灯のない自転車に乗って、横断歩道を斜めに進行したうえ、進路前方の安全を十分に確認しないまま南北道路の車道西側へ進入しようとした過失が認められる。

そして、右に認定した事実からすると、本件事故の原因として、原告にも一〇パーセント程度の過失があるものと認めるのが相当である。

二  争点2(原告の損害額・相当因果関係)

1  治療状況

甲一一号証、乙一ないし三号証、検乙一号証の一、三、四、七及び九、証人康義治の証言及び原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一) 前記のとおり、本件事故直後に被告中山が原告に話しかけたとき、原告は「ごめんごめん、大丈夫大丈夫。わしも酒を飲んどったからな。」などと返事はしたものの、立ち上がって歩くことができなかったために、救急車で佑康病院に搬送された。同病院の診断では、右胸部・右肩打撲、腰椎捻挫及び両側下腿挫傷であった。原告は、この日は受診後帰宅したものの、翌日、痛みが増強したので、様子の観察と安静のため同病院に入院した。

(二) 原告は右入院中、しばしば腰痛と右肩関節痛ないし頸部痛を医師に訴えていたが、入院後約三週間を経過した同月二八日以降には、ほとんど頸部及び腰部には痛みがなく、また痛みがあっても自制できる程度であった。そして、九月七日及び八日には外泊し、翌九日に原告は退院した。

(三) その後原告は、休日を除きほぼ毎日のように同病院に通院したが、右肩関節痛及び腰痛が以前より増悪し、通院が困難になったため、約一か月半後の一〇月二三日に再び同病院に入院した。

二回目の入院時には、一〇月二九日に右肩に局部麻酔を要するほどの痛みがあったものの、退院できるかどうかを試すために入院後一〇日を経過した一一月二日から四日にかけて原告は外泊させられ、再び病院に戻った後、同月九日に退院した。

(四) 右退院後は、平成九年三月一七日までは休日を除きほぼ毎日通院していたが、同月二四日以降は週一回ないし二回の頻度となり、本件事故による最後の通院は同年六月四日であった。

(五) 原告は、三〇年以上の長きに渡って水道配管工として働いてきた。この間、佑康病院には昭和六三年二月一六日に初めて全身倦怠を訴えて受診したが、翌日には腰痛を訴えていた。その後、平成七年一〇月一八日までの間に断続的に十数回、腰痛を訴えて同病院に通院した。職業から来る、慢性の腰痛症であり、退行性に、腰椎の骨棘形成も進んでいた。また、右最終受診日以降本件事故までの約一〇か月間に、本人は通院しなくとも家族のものが湿布薬を同病院に取りにくることが何度かあった。通院していないことからすると、腰痛は緩解していたと言えるが、本件事故により再発したもので、既往症が入通院期間を長びかせる一因となった。

(六) なお、原告は本件事故による負傷のための入通院中も、十二指腸ポリープの検査を受けたが、悪性ではなく、軽度のものとされており、症状の増悪や治療の長期化を招いたとは言えない。

2  素因による減責

以上の認定事実をもとに判断すると、原告は、本件事故前から慢性腰痛症を抱えていたところに、本件事故が加わって右に述べたような治療を要する程度の腰椎捻挫を生じさせたものであること、右慢性腰痛症がなければ、原告の腰椎捻挫の症状及び本件事故による傷害の治療期間はともに実際よりも小さかったであろうことが認められる。

このように交通事故と被害者の基礎疾病が競合して被害が拡大した場合には、被害者に生じた損害の全部を加害者に負担させることは公平の理念に照らして相当でないので、過失相殺の法理(民法七二二条二項)を類推適用して減額すべきところ、右基礎疾患たる慢性腰痛症の症状の程度及び本件事故態様を考慮すると、本件事故による原告の損害のうち、八割の限度で被告らに負担させるのが相当である。

3  損害

本件事故により原告に発生した損害は以下のとおりである。

(一) 治療費 金二〇二万七三九二円

甲一二ないし二二、二六ないし二九号証及び証人康義治の証言によれば、原告は本件事故に起因する傷害の治療費として、佑康病院から二〇二万七三九二円を請求されていること、右請求額には、C型肝炎その他原告が事故前から罹患していた疾病のうち腰痛以外についての治療費は含まれていないことが認められる。

(二) 入院雑費 金五万〇〇〇〇円

前記のとおり、原告は計五〇日間入院していたところ、入院雑費は、入院一日当たり一〇〇〇円の割合によるのが相当であるから、その合計額は五万円となる。

(三) 休業損害 金三六九万二二五〇円

甲九、一〇号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、原告の兄が経営する村尾組に水道配管工として勤務していたものであること、事故直前の給与は日給二万三〇〇〇円であることが認められる。

甲一二ないし二二、二六ないし二九号証、証人康義治の証言、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故の翌日である平成八年八月九日から平成九年三月一七日ころまで休業したほか、それ以降同年五月末ころまでは通常の三〇パーセント程度しか稼働できなかったことが認められる。

ところで、証人康義治の証言によると、原告は本件事故前の昭和六三年二月以降、C型肝炎及びアルコール性肝障害、自律神経失調、腰痛、胃潰瘍、水虫白癬症等の病名でたびたび佑康病院に通院しており、事故直前の平成八年七月には主として慢性肝炎の点滴治療のために九回も受診していることが認められる。しかるに、甲一〇号証(村尾組作成の賃金台帳)では、原告は同月に二七日間(うち休日出勤一日を含む。)勤務したものとされており、この記載自体、原告の勤務実態とはかけ離れたものである疑いがあり、信用できない。

右からすると、原告の平成八年七月における勤務実績は、通院日数分九日間及び休日四日間は勤務していないものとして、一八日間程度であったと推定するのが相当であり、原告の同月の収入額は次のとおり四一万四〇〇〇円であったものと認めるのが相当である。

23,000×18=414,000

平成八年五月及び六月についても、甲一〇号証が信用性に欠ける以上、その期間の収入額は不明であるが、特にこの間に原告の収入に影響を及ぼすべき事情の変更があったものとは認められないことから、同程度の収入があったものと推定すべきである。

これらを前提に原告の休業損害額を算定すると、次のとおり金三六九万二二五〇円となる。

一日当たり損害額

(414,000×3)÷92=13,500

逸失利益額

13,500×(221+75×0.7)=3,692,250

なお、原告は、賞与の減収をも主張するが、原告の職業の性格や、前記村尾組作成の賃金台帳が信用しがたいことからすると、原告が賞与を受給できるはずであったとは認められない。

(四) 入通院慰謝料 金一五〇万〇〇〇〇円

本件事故の結果、原告は、平成八年八月九日から九月九日まで及び同年一〇月二三日から一一月九日までの合計五〇日間佑康病院に入院し、また同年八月八日及び九月一〇日から一〇月二二日までと一一月一〇日から平成九年六月四日までの間同病院に通院したこと(実日数一四二日)、もっとも、原告は事故前から慢性肝炎に罹患しており定期的に受診、検査と点滴治療を受けていたこと、この治療は本件事故による入通院中も継続していたこと、原告には本件事故による後遺障害は残っていないこと、以上の事実を考慮すると、本件事故により被った精神的苦痛を慰謝するには一五〇万円をもって相当とする。

(五) 素因による減責

以上の損害小計は七二六万九六四二円であるところ、前記のとおり、原告の治療の長期化には、原告の素因である慢性腰痛症も寄与しているものと認められ、原告の損害のうち八割の限度で被告らに負担させるべきであるから、被告らが負担すべき損害額は五八一万五七一三円となる。

4  過失相殺

前記争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を一〇パーセントとするのが相当であるから、右3により被告らが負担すべき損害額から右割合を控除すると、五二三万四一四一円となる。

5  損害の填補

原告の損害のうち一五四万円が既に填補されていることは当事者間に争いがない。

そこで、損害額の合計金額から右金額を控除すると、三六九万四一四一円となる

6  弁護士費用

原告が本訴訟の提起遂行を原告代理人弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、訴訟の審理経過、右認容額等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を四〇万円とするのが相当である。

7  まとめ

そうすると、原告が被告らに本件事故により被った損害の賠償として求めることができるのは、四〇九万四一四一円となる。

第四結論

よって、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙)

損害計算表 (8―2382)

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